はじめに

研究内容

研究成果

メンバー

プロトコール
   蛍光変換蛋白質のバルク変換
   BY-2 細胞の形質転換

植物細胞(写真館)

タバコBY-2細胞

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タバコ培養細胞BY-2株の形質転換法

第二版 2013.12.10



このプロトコールは1993年に行われた基礎生物学研究所のトレーニングコースで用いたテキスト(第一版にあたります)を改変したものです。トレーニングコースから20年余りが経ち、販売中止になった抗生物質等があり、それらについては当時のものと異なっていますが、基本的には同じプロトコールです。




[I] はじめに

 タバコ培養細胞BY−2株は、生育速度が早く、しかも均一な細胞集団であり、さらに形質転換も容易であることから、モデル植物細胞として多くの研究者に用いられる細胞株です。 BY−2は、タバコの実用品種として育種された品種ブライトイエロー2号の芽生えの髄由来の培養細胞で、40年以上維持培養された細胞株です。対数増殖期のBY−2の懸濁培養細胞は、8個内外の細胞からなりほとんど全部の細胞が分裂、増殖するほぼ均一な細胞集団であると考えられます。この早い倍加時間が培養全体の早い増殖の一因となっており、 Agrobacteriumを用いた高頻度形質転換の一因となっています。


[II] BY−2株の培養方法

(1) BY−2株の培養条件

 BY-2株の培養液は、Linsmaier and Skoog (LS) の処方を基本とし、リン酸塩とチアミンの濃度を高くしたもので、Murashige and Skoog (MS) の無機塩(無機塩の組成は LS と同じ)に、庶糖、KH2PO4 の溶液、ビタミンと、2,4-D 溶液を加えることにより作成する。植継ぎは、7日めごとに、1.2 〜1.5 ml の培養液を、300 ml の三角フラスコ内の 95 ml の培養液に移すことにより行い、暗黒下 26.5℃ で回転半径 3.5 cm のロータリーシェーカーを用いて 130 rpm の旋回を加えて培養する。

 この条件で、植継ぎ後4日目までは細胞分裂が活発に起っており、5日目くらいから分裂が止り伸長し始める細胞が増大する。また、継代後8日めまでは細胞は殆ど生きているが、9日め以降は急激に死に始める。なお、7日めの細胞が入ったフラスコの震盪を止めると、1日後にはかなりの細胞が死んでいる。
 そこでもし設備的に可能ならば、2台の震盪培養機を用いて、BY-2及び形質転換体をパラレルに培養することで、培養機が故障した際に(及びコンタミにより)形質転換体が失われるリスクを軽減できる。

* BY ー2株は理研バイオリソースセンター実験植物開発室等から分与してもらえる。以前には細胞株の樹立者である日本たばこ(株)の許可が必要であったが、1999年以降は、産業利用も含めて自由に使用できる。なお、一部のBY ー2株は生育速度が遅く、Agrobacteriumで形質転換できないので、上記以外から入手の際には気をつけること。また、BYー2株は、アメリカなどで研究に用いらているタバコ培養細胞株NTまたはNT−1と同一の培養細胞株である。


(2) 培地
1.ストック溶液、試薬
・100 x KH2PO4 --- 2 g KH2PO4 / 100 ml H2O、 室温保存
・1000 x ビタミン--- 10 g Myo-inositol, 100 mg Thiamine-HCl / 100 ml by H2O       ろ過滅菌して室温保存
・ 10 mg / ml 2,4-D --- 100 mg 2,4-Dichloropehnoxyacetic acid / 10 ml Ethanol          -20℃保存
・2N NaOH 室温保存
・MS無機塩混合物、1l 用(日本製薬製、和光純薬取扱)(自分たちでMS無機塩のストック溶液を作っても良い)。
・庶糖(試薬用特級、1級または食用グラニュー糖)
・ゲランガム(和光純薬、固形培地作成用)
・MgSO4・7H2O, (固形培地作成時のみ必要)

 2.培地の作製  
・30 g の庶糖を入れたビーカーに800 ml 程度の蒸留水を加え、庶糖を溶解させる。次いで、MS無機塩混合物1袋を加え、完全に溶かす(または,自作のMS無機塩のストック溶液を加える)。
・100 x KH2PO4 10 ml, 1000 x ビタミン1 ml, 10mg / ml 2,4-D 20 micro l, を加え、2N NaOHで pHを5.5 にあわせ(和光の粉末のMS無機塩を使う場合は、0.113 ml)、全量を1l とし、よく混合する。
・95 ml ずつ 300 ml 容の三角フラスコに分注し、2重にした厚手のアルミ箔で蓋をし、サランラップでアルミ箔を被い、サランラップを輪ゴムで止めた後に、 121 ℃, 15分オートクレーブする。
       (異なる日などに作った培地を区別する為に,我々は色付きの輪ゴムを使っています)
・作成した培地は、少なくとも1ヵ月は室温保存可能である。
・固形培地作成の際は、上記の液体培地(オートクレーブ前のもの)に、ゲランガムを 0.4%、MgSO4・7H2Oを 0.1% となるように加え、オートクレーブ後シャーレに分注する。なお必要に応じて、オートクレーブ後ある程度培地が冷えたら抗生物質等を加えて固形培地を作製する。


[III] BY−2株のAgrobacteriumを用いた形質転換 (pIG-121-Hmを持つAgrobacterium EHA101株を用いた実験を例にして)

(1)実験に用いる材料

1.Agrobacterium 
 バイナリープラスミド pIG121-Hmを持つAgrobacterium EH101 株を用いたモデル実験について記す。
 このプラスミドは、植物で働くカナマイシン耐性遺伝子 (nos-NPT II)と植物とバクテリアの双方で働くハイグロマイシン耐性遺伝子(35S-Hyg) の間に、植物でのみ発現するようにカリフラワーモザイクウイルス35 Sプロモーターの下流に 翻訳領域にイントロンを挿入したb−グルクロニダーゼ遺伝子(35S-IntronGUS) をTーDNA領域(BRからBLまでの間)に持つ構造をしている。したがって、このプラスミドは Agrobacterium中ではハイグロマイシン耐性で選抜でき、植物細胞への形質転換 の際にはカナマイシン耐性またはハイグロマイシン耐性で選抜でき、形質転換体はベータ グルクロニダーゼの発現を検討することにより確認できる。

2.BY−2
 植え継ぎ後3日目 (継代後、54−66時間)のBY−2培養液を形質転換に用いる。この際、BY−2細胞の濃度 は、 0.04 〜 0.06 ml of cells / ml of culture であることが望ましい。

(2)Agrobacteriumの前培養 (形質転換開始前日に行う: 形質転換効率を重要視しない場合は、後述3の簡便法)

1.培地
AB Sucrose 培地:0.5 g の庶糖を90 ml の蒸留水に溶解し、オートクレーブ滅菌し溶液が冷却した後、5 ml の 20 x AB buffer と5 ml の20 x AB salts を加える。
・ 20 x AB buffer (per liter): 60 g KH2PO4, 26 g Na2HPO4・2H2O  (オートクレーブ滅菌、室温保存)
・ 20 x AB salts (per liter): 20 g NH4Cl, 6 g MgSO4・7H2O, 3 g KCl, 0.2 g CaCl2, 50 mg FeSO4・7H2O (ろ過滅菌、室温保存、褐色の沈殿が生じた場合はよく混合してから用いる)

2.前培養
 滅菌済みの 18 mm の試験管に 5 ml の AB Sucrose 培地を、滅菌ピペットを用いてとり、ここに25 マイクロリットルのハイグロマイシン溶液(10 mg / ml となるように滅菌水に溶解したもの)を滅菌済みチップをつけたピペットマンを用い て加える。1白金耳のAgrobacterium  EHA101 (pIG121-Hm) を、AAgrobacteriumの生 えたプレートよりこの培地へ植菌し、28-30℃で一晩培養する。

3.菌体準備の簡便法
 YEBまたはAB寒天培地を用いて、プラスミドを持つAgrobacteriumを選抜する。 直径が3-6 mm程度のコロニー3個以上を、0.5 mlのBY-2培養用の培地に懸濁し、形質転換に用いる。  なお、LB寒天培地を用いた場合、懸濁した菌体を2−3回程度BY-2用培地で洗浄することが望ましい。洗浄しないと、BY-2細胞が共存培養中に死ぬことがある)。

(3) 形質転換

1.1日目、AgrobacteriumのBYー2への感染開始
 クリーンベンチ中で 4 ml の植え継ぎ3日目のBY−2培養液を、 5 ml のメスピペットを用いて 9 cm のプラスチックシャーレ(微生物培養用)に移す。ここへ、滅菌済みチップをつけ たピペットマンを用いてAgrobacterium の前培養を 0.1 ml 加え, シャーレを軽く旋回させることによりAgrobacterium とBY−2を混合すると同時に培養液をシャーレ全 面に広げる。 パイロンイージーカットテープまたは細く切断したパラフィルムを用いて、シャーレ をシールし、26℃、暗所で 42 〜 48 時間静置培養する。Agrobacterium1種類につきシャーレ2枚を用いる。
 この際、シャーレを置く台の部分の水平をきちんととっておくこと。少しでも傾いていると、傾いているほうに培地が片寄り、培地に触れていないBYー2細胞は乾燥して死亡し、多量の培地の中に沈んだものは、呼吸困難で死亡す る。

2.共存培養開始後3日目までに準備すること
 1種類のAgrobacterium につき、60 ml 以上のBY−2用液体培地を三角フラスコに用意し、廃液用に (200 ml の)三角フラスコを、口をアルミ箔で覆って滅菌しておく。 また、形質転換体選抜用の抗生物質(今回は硫酸カナマイシンを200 mg / l で用いる)とAgrobacterium 除去のための抗生物質としてセフォタキシム-Na (セフォタックス注射用:日医工)を 500 mg / l の濃度で含む固形培地を1種類のAgrobacterium につき4枚、9 cmのプラスチックシャーレ(微生物培養用:深型シャーレを使う必要は無い)に、少し厚めに作成しておく。この際、培地は少し厚めに作っておく。また、今回は Agrobacteriumの感染初期に 見られる一過的なGUS遺伝子の発現を観察するために、GUSの活性染色用試薬(形質転換体の解析の項参照)を準備しておく。

3.3日目、BY−2細胞の洗浄と形質転換細胞の選択開始
 以下の操作のうち、遠心以外はクリーンベンチ中で行う。
・プラスチックシャーレのBY ー2の上に 3 ml程度の培地を加え、細胞をピペットを用いて懸濁し、15 mlの滅菌済みコニカルチューブに移す。この操作を2枚のシャーレについて行い、1本のコニカルチューブに細胞を集める
・チューブへ 2-3 ml のBY−2用培地を加え、ピペットで吸い上げては押し出す操作を約10回繰り返すことにより、細胞を均一にするとともにBY −2に付着したAgrobacteriumをできる限り除く。
・チューブを800 rpm, min 遠心することによりBY−2細胞を沈殿させる。(この際、BYー2細胞の沈殿の体積が 1 〜 1.5 ml の範囲にあるはずである)。
Agrobacteriumで濁った培地をピペットで吸い取り、新しい培地を 5 ml 加え、BY−2細胞と上記の方法でよく混合し、遠心によりBY−2を回収する。
・この操作をさらに3回繰り返した後、クリーム色をしたBY−2細胞の沈殿を得る。
   この際に、細胞の色が灰白色であれば、BY ー2はAgrobacteriumの感染中に死亡している。
   原因としては、一過性発現により致死となる遺伝子を用いて形質転換を試みていることが多い。
   この場合、Agrobacterium の濃度を下げる、共存培養の時間を短くする
(最低32時共存培養は形質転換に必要)などによって、解決される場合もある。

・BYー2細胞を培地におよそ0.2 ml pcv / ml となるよう懸濁する。
・このうち 0.5 ml を、形質転換体選択用の固形培地に広げる。
・完全に広げ終わった後に、シャーレを傾けるようにして液体培地を一方の隅に集め、ピペットを用いて吸い取る。
・同様にあと1枚のシャーレにも細胞を広げる。
・残り2枚のシャーレには、細胞の濃度をおよそ0.1 ml pcv /ml となるよう懸濁し、この0.5 ml を固形培地に広げる。
・広げ終わったら、シャーレをイージーカットテープまたは細く切断したパラフィルムを用いてシールし、28℃の恒温器中で2〜3週間培養する。

また、pIG121-Hmを持つAgrobacteriumを使った場合には、この細胞懸濁液を 0.5 ml エッペンドルフチューブにとり、細胞を遠心により回収した後、 300 マイクロl のGUS染色液を加え、37℃で 一晩放置することにより、 Agrobacteriumの感染初期に認められる一過性の遺伝子発現を検出する。

PSCV:Packed Cell Volume.
なお、共存培養の時間は、48時間を基本とするが、32時間から72時間の間で変更可能である。
Agrobacteriumの濃度を下げて、感染時間を短くすると、T-DNAの挿入個数を減らすことができるが、形質転換効率も低下する。


4.一過性遺伝子発現の観察
・前日に染色を開始した細胞の一部が XーGlcの分解により生じたインジゴ色素によって青く染まっていることを観察する。この染色が認められなかった場合にはAgrobacterium への植物細胞への感染が成立していないと考えてよい。
 形質転換体の選抜を行う場合、この方法で一過的な発現のチェックを行い、そこで発現が認められた場合、形質転換条件としては問題無いことが確認されたこととなる。
 この段階で、一過的な遺伝子発現が起るため、蛍光蛋白質を用いた場合はそれを観察することが可能であり、また、クロラムフェニコール入りの培地中でタンパク質のメタボリックラベリングを放射性アミノ酸を用いて行うことも可能である。、


5.約3週間後、固形培地上の形質転換体の懸濁培養への再導入
 形質転換が順調にいった場合には一枚のシャーレあたり、数百から数千個の細胞のコロニーが生じているはずである。このような形質転換体の平均的な性質を調べるためには、全体をまとめて懸濁培養にもって行く方法がある。個々の形質転換コロニーの性質を検討する場合には、個々のコロニーをピンセットか竹串でを用いて、抗生物質を含む固形培地に移し、1〜2週間後に増殖した細胞を用いて懸濁培養にもって行く。
 クリーンベンチ中で、95 ml の液体培地の入った三角フラスコに選択用抗生物質と除菌用抗生物質を固形培地の半分の濃度で加え、この中に、固形培地上で生育した形質転換体を、滅菌した薬匙を用いて入れる。この際の細胞濃度は、少なくとも植継ぎ直後程度は必要である。高い濃度はあまり問題にはならない。
 このまま数日間振とう培養し、ほぼ飽和密度に達したと思われる時点で抗生物質を含む新しい培地に 5 ml を継代する。約1週後、除菌用抗生物質のみを含む培地へ3〜5 ml を継代し、その後、徐々に抗生物質の濃度を下げると同時に継代量を減らしながら、生育速度が一定に達するまで継代量を調整する。以後は非形質転換体と同様の培養を行う。
 なお、最初に懸濁培養に持ち込む際に細胞量が少ないと増殖しないか初期の増殖が悪いので、シングルコロニー由来の形質転換体を培養する場合は、予めプレートに広げて細胞を増殖させ、それを懸濁培養に持ち込むと良い。